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日本の将来

日本の政治についてのブログです。訴訟準備のため選挙後は不定期更新となります。

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韓国の国内差別 百済、全羅道、済州島と新羅、慶尚道

韓国とは「人間差別」があふれた国だ。ここで「人種差別」と言わないのは、韓国人同士にも激しい差別があるし、別の国に住む韓民族も差別の対象になっているからだ。
全羅道(旧百済地域=朝鮮半島南西端の地方)出身者に対する差別は高麗時代から始まった。
朴正煕大統領から金泳三大統領に至る政権は、慶尚道(旧新羅地域=朝鮮半島の南東部の地方)人脈を中枢に据え「中央省庁の標準語は慶尚道方言だ」とされるほどだった。
慶尚道人脈が圧倒的優位だった全斗煥政権下でのことだ。
政権を支える3人」と言われた大統領秘書官3人が私を高級ルームサロンに招いてくれた。その中の1人が言った。

「在日韓国人が日本で差別されるのは当然だ。彼らの大部分は済州島か全羅道の出身なのだから」

数日後、くだんの秘書官が「日本の韓国人差別の撤廃を求める大統領談話」を朗読しているテレビを見て吹き出した。
慶尚道出身の在日韓国人が「全羅道の女などにウチの敷居をまたがせないぞ!」と息子を怒鳴りつけている場面に遭遇したこともある。
韓国人同士の会話で、日本人のことを侮蔑語の「倭奴(ウェノム)」と呼ぶのは珍しくないし、時には「チョッパリ(=ひづめが割れた奴の意味)」が使われる。
在日韓国人は「半チョッパリ」と言われる。韓国のサッカー場で「半チョッパリ」とヤジられたのを機に、日本に帰化した選手がいたではないか。(以下略)
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130707/frn1307070735001-n1.htm

日本と百済VS唐と新羅の戦争であった白村江の戦。
韓国では全羅道(旧百済地域=朝鮮半島南西端の地方)出身者が1300年たった今でも差別され、新羅であった今の慶尚道と対立している。
なぜ1300年も経過した今でも変わらないのか、それは中国、朝鮮半島、日本という地理的要因がそうさせているのだろう。
文中にもあるように慶尚道からは次々と大統領が誕生し産業も栄えているが、差別され続けている全羅道は産業が拠点となることもなく開発が遅れ、ようやく金大中が全羅道出身の初の大統領となった。

1300年前のことなので確実な文献は少ないが、百済と日本が友好国であり、百済王子・扶余豊璋は知識人として朝廷に使えていた。
百済にある古墳の中には前方後円墳があることや出土品が日本の古墳と同じものが出土していることから日本人も百済に渡っていると推測されている。

唐・新羅連合軍によって日本と百済は白村江の戦いに敗れ、百済は陥落し、660年に滅ぶ。
唐・新羅連合軍はその後、高句麗(北朝鮮を含む半島北部)を滅ぼす、668年。
676年、新羅によって朝鮮半島が統一される。
その後、新羅と唐は仲違いをする。

1300年たった今でも昔の新羅であった慶尚道が韓国の中枢を占めることになっている。

melto780.jpg

唐・新羅連合軍に敗れた日本軍は亡命を希望する百済人を伴って帰国。
そのまま日本に住み着いたが、多くは滋賀県蒲生郡に住んでいた。

◆湖東の渡来人
天智天皇が667年に開いた志賀の都、近江大津京は、渡来人が活躍した都でもあった。琵琶湖の西岸に位置するこの地域には、朝鮮半島、特に百済からの渡来人が集住していた。
http://yagiken.cocolog-nifty.com/yagiken_web_site/2005/12/post_44bf.html

その後船で九州を目指し宮崎に流れ着いている。

◆旧南郷村の「百済王伝説」
滅亡した百済の王族たちは奈良地方に逃れたが,その後の動乱から逃れるため再び九州地方を目指して船出した。一行は瀬戸内海で時化にあい,九州東海岸の日向市金ヶ浜と高鍋町蚊口浦に漂着した。そして,山間部に入り,父の禎嘉王(ていかおう)は宮崎県東臼杵郡美郷町に、王子の福智王(ふくちおう)は宮崎県児湯郡木城町に移り住んだと言われている。
http://www.asuka-tobira.com/hakusonkou/hakusonkou.htm



なぜ日本は百済を助けたのか、なぜ組んだのか?

それは1894年日清戦争勃発、日本が清に勝ち、日本のバックアップで大韓帝国ができたこと、そして半島の近代化を進めた理由とほぼ同じで、中国を意識した国防の意味合いが強い。
そもそも日清戦争は清国との宗属関係を脱して近代化をすべきだという者(開化党)と清国との宗属関係を維持すべきだという者(事大党)とが対立し、壬午事変が起こる、それに日本と清が介入して日清戦争へと発展。

その後日本は朝鮮半島を税金投入して近代化させるが、これは朝鮮半島が旧ソ連、中国から押し寄せる共産主義(社会主義)を食い止める盾となっていた。
今現在もまた韓国が中国の手に落ちれば、確実に日本に共産化の影響が強くなる。

1300年前もまた日本に対して友好的な国である百済を支援して、日本の友好国が朝鮮半島に存在してくれることで自国の平和を維持しようとしていたのだろう。

半島は常にアジアの火薬庫である。
それは日本と中国の間に位置していることが大きい。
昔は清国との宗属関係を脱して近代化をすべきだという者(開化党)と清国との宗属関係を維持すべきだという者(事大党)とが対立、今は北朝鮮と韓国に分断され共産主義(社会主義)と自由主義による右と左の対立。
今は38度線が日中(東と西)の均衡線になっている。

現在も韓国と手を組んで対中国を強化すべきという日本維新の会が出てきて、親日韓国人である孫正義やマルハンの協力を得ながら、日韓併合とまではいかないにしても、日本の財力を持って韓国の国力を補おうとする動きが出始めているように思う。
維新の会が一部の民主党議員へ合流を呼びかけているのも、同じ志を持った議員がいるからだろう。

橋下市長が朝鮮人から支援され、朝鮮人から叩かれるのは、北朝鮮シンパから叩かれ、親日韓国人から支援されているという構図である。

こうした動きをしている日本人のもっとも愚かな点は、朝鮮半島を他国として見ていないところである。
元々の出身が半島だからという理由で帰化しているにも関わらず、朝鮮半島問題へ首を突っ込み、「韓国を助けなければならない」と正義感に燃えてみたり、井筒監督のように「北朝鮮は日本人を拉致していない」と偏った発言をしたり、北朝鮮の中枢には日本帝国の陸軍がいて北朝鮮を作ったのだと言い出す人がいたり、また異常な憎しみを韓国に持ち「売春婦がウヨウヨ」などと口にする政治家がいるのも、韓国や北朝鮮をまだ日本の属国かなにかのように勘違いしているからではないのか?

石原慎太郎は過去に「日本と韓国が合同で核兵器を持つべき」などと発言しているが、このようにどうしても「日韓」という概念から逃れられない思想が両国にマイナスの意識をもたらしている。

近くても韓国・北朝鮮は他人の国。歴史を見ても介入しすぎることが日本の不幸につながっている。

「白村江」以後―国家危機と東アジア外交 (講談社選書メチエ)

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[ 2013/07/12 17:05 ] 韓国に関するもの | TB(-) | CM(-)
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